「アセスメントを受けたのに、業務が変わらなかった」。そう話してくださる経営者の方に、私たちは何度もお会いしてきました。コンサルタントが丁寧にヒアリングし、整然としたレポートが届く。課題の一覧表が完成する。それでも、6ヶ月後の現場を見ると、何ひとつ変わっていない。なぜでしょうか。

結論から申し上げます。「ヒアリング」では、変えるべき業務の実態は見えません。担当者が「課題だと認識していること」と、「実際に変えるべきこと」は、多くの場合、別の場所にあるからです。

1. 「アセスメント」が変化を生まない理由

AI導入を検討する企業が最初に受けるのが、コンサルタントによるアセスメントです。担当者や責任者にインタビューを行い、業務の課題を整理する。この工程は、多くのAI導入支援会社が採用しています。

悪い方法ではありません。しかし、致命的な欠点があります。

インタビューで聞き取れる情報は、担当者が「課題だと認識している」範囲にしか及ばないのです。

たとえば、ある中小企業の経理担当者の方の例でお話しします。その方は、請求書処理に「月10時間かかっている」という課題をインタビューで話してくれました。コンサルタントはその課題を整理し、「OCRによる自動化を検討しましょう」という提案書を作った。

ところが、私たちが実際に経理業務の現場に入って観察を始めると、別のことが見えてきました。毎月の月次レポートを作成するために、担当者が会計ソフトから数字を書き出し、Excelに手で転記し、グラフを整形する作業に月20時間費やしていたのです。本人は「こういうものだから」と思っており、課題として認識していなかった。インタビューでは、一度も言及されなかった作業でした。

「認識されていない課題」は、聞くだけでは出てきません。見なければ、見えないのです。

2. 「業務観察」とは何か

LITERAS AIは、最初のフェーズを「業務観察」と呼びます。他社が「アセスメント」「業務ヒアリング」「ビジョン策定」と呼ぶ工程を、私たちはまったく異なる進め方で行います。

定義をひと言で言えば、こうなります。

「業務観察」とは、AIを当てるべき業務・手放すべき業務・残すべき業務を仕分けするために、担当者の実際の業務に並走し、記録する工程です。

ポイントは「並走する」という点にあります。座って質問するのではなく、担当者が実際に操作しているExcelシートやシステム画面を隣で見る。業務中に発生する「例外」の処理を記録する。「なぜこの手順なのか」と聞いて「そういうものだから」と言われる作業を掘り起こす。

聞くのではなく、見る。この違いが、すべてを変えます。

3. ヒアリングとの決定的な違い

「観察」と「ヒアリング」の違いを、もう少し具体的に整理してみます。

インタビューによるアセスメントが捉えるのは、「担当者の認識」です。課題の整理としては適切ですが、それは担当者の頭の中にあるものの写像に過ぎません。業務の実態ではない。

業務観察が捉えるのは、「業務そのものの実態」です。具体的には、次の4つを現場で記録します。

業務フローの全体像

誰が・何のトリガーで・何をやり・次に何が起きるかを、実際の流れに沿って図に起こします。この段階で「一度も見直されていない承認ステップが残っている」「思っていたより多くの人が関与している」という発見が起きます。

入力データの実態

「どんなデータが入ってくるか」を実際に確認します。請求書なら、紙・PDF・Excel・メール本文など複数の形式が混在していることが多い。このデータの「揺れ」が、そのままAI化の難易度と直結します。

例外処理の記録

定型の業務フローから外れる「例外」が、どのくらい発生しているか。そのとき誰が・どう対処しているかを記録します。例外処理の多くは特定の担当者のみが知っており、属人化の温床になっています。

属人化点の特定

「この業務は〇〇さんしかわからない」という箇所を可視化します。属人化した業務はAI化の優先候補であると同時に、担当者の協力なしに設計できない箇所でもあります。

比較軸ヒアリング/アセスメント業務観察
捉えるもの担当者の認識業務そのものの実態
方法インタビュー・質問並走・記録・現場観察
見える課題担当者が認識している課題認識されていない課題も含む
例外処理聞き漏れが多い発生時に直接記録
所要時間数日2〜3週間

4. 観察の現場で実際に見ているもの

人事担当者の方を例に取ると、こんな光景が見えてきます。

採用候補者の情報がスプレッドシートに手入力され、面接スケジュールの調整がメールの往復で行われ、選考結果が別のシートに転記され、内定通知は担当者が一通ずつ文面を作って送っている。このうち、どこに手を入れるべきか。

インタビューで「採用業務の課題は何ですか」と聞けば、「スケジュール調整が大変です」という答えが返ってきます。しかし観察すると、候補者情報の転記作業と、応募書類の初期確認で費やしている時間の方が、実はずっと長い。スケジュール調整の「大変さ」は、担当者の目に見えているから出てきた課題です。転記の手間は、毎日やっていて当たり前になっているから、課題として認識されていない。

業務観察の現場で私たちが最も頻繁に耳にするのは、こういう言葉です。

「言われてみれば、これは変えられますね」

担当者が課題として認識していなかっただけで、改善の余地は最初からそこにあった。観察は、それを照らし直す工程です。

5. 「観察」という言葉を選んだ理由

「アセスメント」でも「ヒアリング」でも「業務分析」でも、既存の言葉はいくらでもありました。それでも私たちが「観察」という言葉を選んだのには、思想的な理由があります。

「観察」には、評価や判断を一時保留にして、まず現状を正確に捉えるという態度が含まれています。

「このツールを使えばいい」「こう変えるべきだ」という結論を先に持ち込まないこと。AI導入の文脈で担当者の業務を見るとき、私たちは最初から「この業務を自動化する」と決めて臨みません。まず現場で起きていることを、偏りなく記録する。そこから初めて「手放すべき業務」と「残すべき業務」の輪郭が見えてきます。

もうひとつ、倫理的な理由があります。

担当者の業務を「観察」するということは、そこに人間の時間と労力が注がれていることを、まずリスペクトするということです。「非効率だ」「なぜこんなことをしているのか」という評価より先に、「なぜこの手順が積み重なってきたのか」を理解しようとする構えが必要です。そうでなければ、担当者は本当のことを話してくれません。

業務観察は、現場への介入です。だからこそ、評価より先に観察が来なければならない。

6. なぜ多くのコンサル会社が観察に踏み込まないのか

業界構造の話をすると、答えはシンプルです。

観察には、時間がかかります。

担当者の横に座り、実際の業務フローを追い、例外処理を記録し、データを確認する。これには、丁寧に行えば2〜3週間かかります。一方、インタビューとレポート作成は、数日で完了します。

コンサルティングビジネスの構造では、短時間で複数社のアセスメントをこなす方が収益効率は高い。結果として、「ヒアリング → 提案書」という型が業界標準になっています。

加えて、「観察」は変数が多く、レポートの型を固定しにくい。ヒアリングなら「課題を聞いて整理する」という型で量産できますが、観察は現場の業務ごとに見るべきポイントが変わります。汎用パッケージになりにくい。

私たちが業務観察に時間をかけるのは、その方が後続のPoC・受託開発で失敗しないからです。観察を省いたAI導入は、見えていない地雷を踏みながら進む工事に似ています。後から問題が出るたびにコストがかさむ。最初に丁寧に見ることが、全体のコストを下げます。

7. 業務観察を終えた後に渡すもの

業務観察の完了後、私たちが最初にお渡しするのは「提案書」ではありません。

「手放す業務リスト(案)」です。

AIを導入すべき業務の一覧ではなく、「やめる・変える・残す」の3分類で業務を仕分けした一覧を、観察の記録とともにお渡しします。

これが業務観察の本質です。AIを「当てる」設計をするより先に、「手放す」設計をする。不要な業務をAIで効率化しても、時間を節約しているだけで本質は変わりません。手放すと決めた業務が消えることで、初めて時間が本質的な仕事に戻ってきます。

LITERAS AIが「業務に、AIを溶け込ませる」と表現するとき、それはこういう意味です。AIをツールとして導入するのではなく、業務の実態を観察した上で、AIが自然に機能する仕組みを設計する。その出発点が、業務観察です。